こんにちは!
Selpit(セルピット)のナノムーンです(^^)
最近ネガティブな感情に引っ張られていたのですが、色々思考を整理することで手放しできました。
思考整理にはノートワーク(CBT)はもちろん、チャットGPTに相談することでも認知の歪みに気付けることが多かったです。
思考グルグルに囚われないコツは事実と感想を分けるってとこですね。
社会性を持つ生き物
チャットGPTに相談する中でストレスや悩みの核だと感じたのが「社会性」です。
つまり協調性とか責任感のことなんですが、社会性が高くなるほどストレスも高くなるように思います。
私の家の近所には大きな川に沿うように公園があって、毎日散歩しています。
そこには色んな植物や鳥や虫が沢山いて、彼らを観察している時に「社会性ってシンドイな~、どうして私は虫や動物に生まれなかったんだろう」って思ったんです。
そこで自分の中で問答がはじまりました。
どうして私は人間に生まれたんだろう?
- 「動植物と人間の差はなんだろう?なぜ私は人に生まれたんだろう?」
- 「人間と虫や植物の差って何?」
- 「虫はシンプル、人間は複雑」
- 「虫にできることは少ない、人間に出来る事は無限にある」
その公園にはランニングする人や出勤している人もいます。そういう人たちを見て「ハッ」と気付きました。
- 「人間というだけで、それは物凄いことなんじゃないか」
- 「この人たちって社会に囚われているけど、本気でやろうと思えば何でもできる存在なんじゃないか」
- 「みんな(しかめ面のオジサンも)凄い存在なんじゃないか」
その辺を歩いている人全員が神に見えて、尊敬の気持ちがあふれてきました。
みんな凄いんだ…、人間て「本気」になれば何でもできる。人間は凄い。
最近ネガティブだったのは、陰謀論とか社会の闇にハマり過ぎてたのもあると思います。これからもずっと不安な世界を生きるのが怖いからそうしていました。
前提として社会性や常識というものに従い過ぎて本気を見出せない仕組みにハマっているとも思います。
でもさ、もしかしたら残された時間はわずかかもしれないんですよね。
2025年7月の予言もありますが、普通に病気とかで残り2年で死ぬかもしれない。
少なくと4,50年は生きると思っていたのが2年に短縮されたらどうする?
少なくとも陰謀論調べている場合じゃないし、やりたくない事やってる場合じゃない。
来世は虫かもしれない、そうなったら社会からは自由になるけど「生きること」しか出来ない。
死ぬまでに「人間として」やっておきたいことやらないと勿体ない。
これも社会性を考えると「収益化できるもの」っていう条件がついてくるけど、そういうのとっぱらって役に立たないことでも好きなことなら何でもいいとする。
- カワイイ消しゴムを集めること
- 花冠をつくること
- カワイイビーズを集めること
- ノートや便箋を集めたり、作ってみたり
- 下手でもお話を作ってみたり、絵を描いてみたり
もし来世「虫」だったら出来ないことだらけ。
- 日本の沿岸をぐるっと歩いて回ってみる
- 砂漠横断レースに参加する
- モンゴルの遊牧民と暮らす
- 北欧に移住する
こういう無理めなことでも「本気」でやると決めたら、何故かお金も機会もやってきて出来てしまうと思う。
こういう奇跡を起こせるのが人間で、それが出来るか出来ないかが人間とそれ以外の生き物の差なんだと思いました。
だから人間は凄い、みんな凄い。
私は動植物はみんな人間に憧れていると思います。
こんな可能性と行動力に富んだ奇跡の生物は自然界のどこにもいない。
2024年の夏至までに手放すこと
それは、「死を恐れて、ただ生き残ろうとすること」です。
「生き残るだけ」だけなら人間じゃなくても虫でも鳥でも出来ますよね。
どうせ長生きしても100年程度で死ぬし、寿命がきたらもっと早く死ぬ。
でも、ぱっぱらぱーになって生きることを推奨しているわけではなく、社会とのバランスは取る必要はあります。
今はみんな社会により過ぎているアンバランスな状態だとは思うので、その比重を変えていくのが大事ですね(難しいけど)
そして「人間はみんな素晴らしい」ってことも忘れないようにしたいです。
「本気」を使えば、みんな本当に凄いことを可能にしてしまいます。
本当に人間として生まれてこれたことはラッキーでしかない。
それを実感しながら生きるのが、2024夏至以降~2025年以降の重要なテーマかな、と思います。