ひとつ前の記事を書いて気付いたこと
思考→波動→現実の三位一体を「運転」と例えた話ですが、これを事象に反応しない意味の説明にもなるなと思いました。
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- 思考=ハンドルさばき(どう動かせばどうなるか考えている状態)
- 波動=ドライビングそのもの(どういう状態で走っているか=ドライバーのテク)
- 現実=どこをどういう風に走っているか(運転そのものの状態)結果
現実を変えたければ、思考のさばき方を練習して、波動を整えればよいのです。
現実=どこをどういう風に走っているかと例えましたが、現実に反応して悲しんだりキレ散らかしたりしている状態は、舗装されていない道路で泥だらけになったり、嵐の中の危険な運転、渋滞して動かない状態に対して、ドライバーが嘆き悲しんだり、キレ散らかしてクラクションを鳴らしまくったりしている状態と同じということだと気付きました。
その結果、運転(波動)が乱れて、事故になったり捕まったりする(^^;)
現実の運転でも、危険な道を通らないといけなくなったり、嵐や雪で視界不良になったら、安全を確保するために慎重に運転したり、安全な場所を素早くみつけて非難したり冷静な対策が必要ですよね。
感情的になって無茶な運転をしてはいけないわけです。
現実に反応して感情的な行動(ドライビング)をすれば、それに見合った結果しか得られないのです。
現実問題でこれ言われると拒否反応がでるけど、運転に例えるとストンと腑に落ちませんか?
流れていく風景に感情的に反応するとどうなる?
現実というのは流れていく風景と同じ。
道路が狭いとか、前の車両が遅いとか、自分ではどうしようもないことばかり。
感情的ならず、まず距離をとって抜け道を探すとか対処法を考える。その合間に後ろからクラクションならされても焦らず冷静に対処するのが思考の在り方。
うざい、うるさい、焦る、でも運転(波動)を乱しちゃいけない。「必ず抜ける」と意図して対処し続けると(思考は波動を乱さないことに集中)、前の車両がふといなくなったり道が広く抜けたりする。(現実に投影)
あー、よかった(安堵で思考のハンドリングが緩む)この時、もう二度とあんな思いしたくない!怖い!って波動を乱すと、また戻ってくることになる。なので、解決した事後ほど思考のハンドリングはしっかりやる。
運転レベル(波動)が道(現実)を作りますからね!
カーナビ=波動セット
困った現実が起こったら、過去は割り切って波動をセットしなおすことを意識する。
先ほどの「前の車両が遅いせいでスムーズに動かないうえに、後ろの車両にクラクションならされた」という現実が起こったら、またこういう目にあったらどうしようって不安になったり、怒りや憎しみ焦りに身を浸さないと決めのが先決です。
「怒りや憎しみ焦り」はこれは深いところでは快楽なのです。ジェットコースターで乱降下すると楽しいと一緒です。
スリルのある楽しみをもうやらない!と決めましょう。これはジェットコースターの列に並ばないのと同じです。
そして今後はスリルやアクシデントのない平穏なドライブをする!と決めるのです。
美しく舗装されたクリエイティブな街並みや、爽やかな海辺の町をドライブしたい。
そう意図してカーナビに波動セットすれば自動的にその街へ導いてくれる。
または、この遊園地を出ると決める(目覚める)のもありですね。
運転している「私」自体は変わらないけど、どこをどう走るのかは選べる、または社内を快適にカスタマイズすることも実はできちゃう。
人生(ドライブ)を楽しみましょう!
でも、緊張と弛緩が繰り返される意味ってなんだろうね…?