感覚をつかむ、みがく Selpit!

本・映画のレビュー・自分が感じたことを書く日記(※不定期で閉鎖してます)

思考の正体 それは一体誰のもの?

それは誰の声なのか

私の日常の思考編

ある日、いつもの通り目覚ましのアラームに乱暴に起こされ、意識朦朧とするなか自分を奮い立たせて支度する。

ー9時の電車に乗らないと遅刻する、遅刻したら冷たい目線が怖い、仕事の進捗はどうだ、3時までに仕上げないと上司に怒られる、そうなったらどうだ、車内であいつは使えないと言いふらされるかもしれない。ー

今日はあいにくの雨だ。
こんな日は自転車通勤の人も電車に乗るからいつもより混んでいる。定刻通り電車が到着し、いつもより密度の高い車内に体を滑り込ませる。湿気がすごい。人との距離が近い、濡れた傘が当たる。

ーこんなに混んでいるのに、頑なに入口付近を陣取る奴ってなんなの?奥に行けよ!自分勝手でバカな奴!ムカつく!濡れた傘が当たるだろ、手前に持てよ常識がないバカ女死ね!つーか、激混みの車内でリュック背負ったままの奴ってサイコパスなの!?普通下ろすだろ!?どんだけ周り見れへんねん!ほんまに全員死ね。ー

もう、こんな感じで思考は大忙し。
不快な電車では仕方ないにしても、これが家に帰って一人になるまでずっと続いてる。家に帰っても今日をあったことを思い返したり、テレビで不快な情報が流れるたびに思考は起こり、私は怒りにまみれる。

疑問→こんな風にいつも対象をこき下ろしているのは一体誰の声なのか。

自分の声、自分の考え、自分は所詮その程度の人格。

今まではそう思っていた。でも違うんですね、これが。

思考の正体について

人間の脳にはミラーニューロンという機能があります。

ミラーニューロン(英: Mirror neuron)とは、霊長類などの高等動物の脳内で、自ら行動する時と、他の個体が行動するのを見ている状態の、両方で活動電位を発生させる神経細胞である。 他の個体の行動を見て、まるで自身が同じ行動をとっているかのように"鏡"のような反応をすることから名付けられた。

ミラーニューロン - Wikipedia

なんだかよく分からないな笑

つまり脳は、微弱電波で他人の脳と繋がってるよってことかな。
そういうわけで日常には、他人のコンテンツ・思考が飛び回っていることになる。

全ての脳は、FREE wifi スポットのiPhoneの如し!

これは、素晴らしいアイデアや思いつきが全く関係ない人との間で同時多発的に思いつき、共有している原因だと思っています。

そうなってくると、先ほどの疑問である、

こんな風にいつも対象をこき下ろしているのは一体誰の声なのか。
それは自分の声、自分の考え、自分は所詮その程度の人格。

 というものが真実でないことになる。

疑問→自分の思考だと思っていた考えが、自分のものでは無いとしたらどうだ。
疑問→自分のものでは無いどころか、誰のものでもないものだとしたらどうだ。

あんた、一体誰なの?

ある人は、それを悪霊だという。
ある人は、それを悪魔サタンだという。
ある人は、それをレプテリアンだとか宇宙人だとかいう。

それは見えない意識体なのだと私は思う。

そして彼らの目的は、人間の意識を乗っ取りコントロールすることなんだと思う。
生きる知恵、勝ち残る知恵と引き換えに。

奇しくもアダムとイヴが知恵のリンゴと引き換えにしたものと同じだった。

彼らは、常に人と共に存在していて、常に語りかけてくる。

アイツは、お前より上に立とうとしている、お前をこき下ろそうとしている。
アイツは、お前のもの(地位、立場、時間、人権、仲間、恋人)を奪おうとしている。
憎め、戦え、勝ち取れ、叩きのめせ、殲滅だ!殺せ!

その声に乗っ取られた、愚かな人はその様にし、刑務所へ行くのでしょう。
その声に乗っ取られた、地位と優秀な頭脳の持ち主はその様にし、戦争を起こすのでしょう。

検証:私はそのような声が起こった時に、感情から一歩引いて聞いてみることにした。

その声:ー仕事の進捗はどうだ、3時までに仕上げないと上司に怒られる、そうなったらどうだ、車内であいつは使えないと言いふらされるかもしれない。ー

乗っ取られた私:そうだ彼奴が憎い!大嫌いだ!やっつけよう!イライライラ

疑問:待てよ、その声って誰のもの?

まだ今日の3時になってないし、間に合わないとも、怒られるとも限らないし、そうなってもその時に対処すればいいじゃない。上司に怒られたぐらいで死ぬわけじゃなし、何をマジになってんだww 私ったらアホめwww

結果:なんの問題もなかった。
一週間この実験を検証した結果、なんの問題も起こらなかった。

いや、問題になりそうなことは起こるけど、事態は超平和・平穏。
脳と、心だけが踊らされて騒がしいこと自覚した。

その声に従わないでいると現実だけが見えてくる。そして、周りの人がいかにその声に惑わされ、踊らされているかが見えてくる。

ムカつく上司も、あの人も、この人も、私も、みんな振り回されていたんだ。
こんな風に世間が思考に無抵抗な状態では、誰も悪くないのかもしれない。

そうなると、誰かのことを嫌い続けることが出来なくなった。
出来事や他人に対して、抵抗しなくなったし、戦わなくなった。

この意識は、平和で、軽やか。

今のところ、思考に対して「意識的」でいないとこれをキープするのは難しいかもしれない。これが「目覚める」ってことなのかもしれない。