感覚をつかむ、みがく Selpit!

本・映画のレビュー・自分が感じたことを書く日記(※不定期で閉鎖してます)

私なんては、自分への赦し

私は自尊心が低い、というか子供の頃から育ってなかった。

だから、いつも自信なくて、言いたいことも言えなくて、存在しててすいません状態だった。

本当に弱かった。

でも何故かプライドだけは高かった。

常に失敗を恐れるし、カッコ悪いことが大嫌いだった。自信ない割にこうあるべきという理想が高すぎてそのギャップにいつも苦しんでました。

私はくだらない人間だから、失敗してはダメ、人並みに出来なければダメ、出来ないのならば行動してはダメ。自縛自爆。

本当にギリギリの綱渡りしてるみたいな心境だったと思う。辛かったな。

この秋分の日を境に、私の心境にシフトチェンジが起きました。

なんかね、私なんてどうせつまらない人間で誰らも相手にされてない至らない人間なんだよ(ここまでは通常運転)

だから、助けてもらっていいし、教えてもらっていいんだよ。

だって、出来ないんだもん!

これは、諦めでも拗ねでもありません。

赦しと明らめと開き直りです。

私は、カッコ悪いし、バカだし、無知だし、唯一のスキルだって中途半端。

ハリボテの見栄を塗り固めるの疲れた。

もう大したこと無くていいや。

最初から大したことなかったし。

足りないスキルを補う為の努力はしたくない。私は、もう一度やりたい事の為に頑張りたい。やりたかった気持ちを思い出したい。

至らない人間であることを赦す

自分の有りとあらゆる失敗も、後悔も、至らなかった故の今までの恥ずかしい言動全てを赦す事にしました。

だって、私は世間様の掲げる立派な大人には遠く及ばないから。

こんな大人にだけはなりたくないという姿に日々近づいている、というのは理想論からの妄想で、堕ちるだけ堕ちた着地点が、本当の現時点だったって話です。

最初から地に堕ちていたのに、飛んでる妄想してた只の人。

私は、地べたという事実を生きますし、無力だからこそ、失敗を赦し、心の願いと共に行動していきます。

私のことを残念だとか、惨めだという人がたまにいる。

私が最も怖れる言葉でした。

他人によって、惨めに貶められることが許せなかった。

でも、惨めじゃないバージョンの姿こそ、飛べないくせに飛んでるフリした惨めな私なんです。現実ではない、妄想の世界の私。

大体、本人にとって現実は現実、惨めもクソもない。惨めだからといって死なないし、生きるし。

つまり、私にとって惨めさという感覚は死に値しないということ。

私は、どうしようもなく生きたいんだ。

私にとって、生きるということが最重要事項であり、惨めさも、恥ずかしさも、苦しさも、悲しさも、アクセサリーみたいに可愛く思えてきました。

私を自縛していた鎖は全て死に値しないと気づいた時、全て解けました。