最近、意味ないことを求めている。
それ、意味なくてもやりたいの?意味なくても行きたい?
意味ないってことは、「結果を期待しない」ってこと。
望む結果、例えば会いたい人、素敵な出会い、お金、ご馳走、安らぎ、贅沢感、満足感、そういう自分が求めているものがなくてもいいのか?ってことです。
私は常日頃からそればかり求めて行動していました。そして胸が苦しくなる。
願いを意識すればするほど、何をするにも期待を持ち、意味を求めてしまう。「なんとしても!」と、日々命がけて生きてる感覚になる。
そして意味を求めれば求めるほど、からだが重くなって何一つ行動できなくなる。
だからこそ、意味ないことこそ自由への扉なんじゃないかと思うようになりました。
例えば、新月の願い事ノート。
新月の日に願いを込めて望むことを書き連ねるちょっとしたおまじないの儀式です。
願い事って真剣になるほど苦しくなるんです。
大体いつも恋のことか、仕事のことを願っているんだけど、これが叶わなかったらどうしよう!?ってちょっとしたパニックになってることに最近気づきました。
そもそも、長々と願い事を書いてること自体、気持ち悪くて嫌いだし、そんなに長々書いてるってことは、どんだけ日常に不満があるんだよwって突っ込んでしまいます。
願い事ってそもそも頭使って考えることじゃない。
シンプルに心地よいことを選ぶだけ。
恋愛なら自分にとって心地よい相手とは何なのか、いろんな男に会って究極にシンプルに感じてみると答えが見つかる。たった一つ、これだけは!っていうポイントを決めました。
あとは、必要なものは全部持って生まれてきているから、
何も持っていないし、何も要らないってことを思い出すだけ。
結果を気にせずやるってことは、流れに身をまかせるってことで、
本当にやりたいことや出来事に連れて行ってくれる気がする。