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感覚をつかむ、みがく Selpit!

本・映画のレビュー・自分が感じたことを書く日記

ありがとう 2016年まとめ

2016年の1月に、今年1年をイメージして書いたこと

2016
2016年はとても優しい年になると思う。
穏やかで爽やかで、新緑の小道をくぐっていくような感覚。

私はどこまでも自分に優しくしたいし、自分の味方でいたい。

得体の知れない何かが私を責めても、その罪悪感を退けたりはしない。
うんうんと話を聞いて、そうだなあと否定も肯定もせず受け入れてあげたい。

私は人に対して誰よりも優しい人だったから、
今年からは自分自身に一番優しい存在でありたい。

それは光だよな。 

こういう風に年始にどうありたいかって記すことは、自分自身にかなり影響を与えると思った。
“自分に優しく”っていう言葉とか結構覚えていて、何かと判断基準にしていたように思う。何をするかより、どうありたいかということが、大事なことだと思った。

 

2016年の主な出来事

  • ハンドメイドマーケットに出店し、そこそこ成功した。
  • 職場では信頼・評価され、快適に過ごせた。
  • ほとんど働かず、週4勤務でよく休んだ。
  • 新しい恋をしたけど、終わった。
  • 大好きな彼と何度も喧嘩して、別れを繰り返した。
    そして、彼とは終焉した。
  • 1ヶ月のニート生活、もんもんとして暇だったなあ。
  • ニート中に新しい出会いがあった。好みのイケメンとは3人ぐらい出会った。
  • 自分のエネルギーについて自覚的になった。
  • 転職して、憧れの土地で働いている。
  • 時給、待遇がかなり良くなった。
  • 仕事は結構ハード。
  • 自分の仕事が好き。
  • 自分自身の感覚を大切にする練習中。
  • 一人の年越し、落ち着いて過ごせて良好。
  • 最後の最後、気になる人と出会ってしまった。

こうして見ると、前半は結構出会いもあって恋愛の機会が多かった。
幸運に恵まれていた割に、自分より他人に価値を置いていたので、振り回されててしんどかった。女性性強めの運気だったのかな。

後半、転職してからはエネルギーがガラッと変わった。
ゆるゆるだったエネルギーが殺伐として、しっかり自立するように促されていた感じ。自分自身に戻れるように、周りから人がいなくなって孤独を感じることが多かった。

2017年の前半も引き続き、厳しめのエネルギーを引き継ぎそう。
親元から離れ、厳しい師匠についてレベルアップしてる感じなのかな。
修行とか嫌いじゃないのでシャキッと生きてる自分も楽しみたい。ピンチの時ほど頑張れる笑

こうして見ると、2016年は卵の中にいる感じだった。守られているけど、自力では何も出来ないもどかしい感じ。
後半は孵化して、外の世界を生きるために強くなっていきそう。

ということは、2017年は、かなり飛躍できるかも。
自力で色んなことをやっていくことになりそう。
色的にはずっとネイビーのエネルギーを感じてて、大人の振る舞いや男性的な強さを求められる気はしてる。
それが上手くいけば、後半は美しい白銀のエネルギーを受容できそう。
パートナーや、結婚のイメージもある。

 

2017年は、私の大事な1年になる

テーマは「真剣」

2017年12月31日の大晦日には、たくさんのギフトに感謝している。

私の中の男性性が育つ一年になる。

自分自身を愛しているし、愛されている。

失った自分の力を取り戻す。

自分で人生を「創造」していく。

面白い一年。

孤独がきみを強くする 岡本 太郎

 今日読んだ本、すごくパワフルな一冊でした。

孤独がきみを強くする

孤独がきみを強くする

 

手元にないので、覚えている一節を適当に書き起こします。

生きていることは、寂しいことだ。
だからといって、寂しい寂しいとイジイジしているのは幼稚。
孤独だからこそ、面白いじゃないかやってやろう!と思える。

憎しみのない純粋な怒りは美しい。

その他にも、孤独とは何かを岡本太郎の強い言葉でシンプルに綴られています。
彼が本当に一人孤独に死んでいった芸術家ならこの言葉はただの強がりと感じたかもしれない。しかし岡本氏の有名な母親との逸話から、彼がとても愛情深く人を愛する人だと知っているから、この本には深い意味と説得力がある。 

 この本は、孤独の使い方を書いた本でした。
人と同じように生きられない人のための本。

合わせられなくていい、みんなと仲良くできなくて良い、

自分らしく、本当の自分で生きていけ、そうすることで嫌われることもある。ちゃんと生きるっていることは、損得考えずにおもいっきりやってみること。

ずっと誰かに言われたかった言葉が、たくさん詰まった一冊でした。

 

私を苦しめてきた「孤独」は悪いっていう風潮

私は、アニメ「サマーウォーズ」に出てきた一節が大嫌いなんです。

「人は、ひとりで生きちゃいけない、ひとりでいてはいけない。」

この言葉は、おばあちゃんが家族に残した教えであり、家族に馴染もうとしない侘助を想っての願いでもあったのだけど、子供の頃からずっと孤独だった自分にとって、「社会不適合者のレッテル」を他人が勝手に押し付けてきたように感じました。


一人でいてはいけない?
好きで孤独な生き方をしているわけじゃないんだけど。
群れたくても群れられない人はどうすればいいの?
自分はいけない人間ですか?
自分は情けなくて惨めな存在なんですか?
ダメなやつですか?
孤独な人間は誰にも認められませんか?


こんな言葉がずっと心の中を無尽に埋め尽くして、離してくれませんでした。
だから、この映画は大好きだけど、このシーンは大嫌いでした。そうしてるウチにすげームカついてきて、DVDは捨てちゃいました。


最近読んだ本にもありました。
「孤独を選んではいけない、孤独いると人は魔女になる」と。

たくさん良いこと書いてあるのに、孤独を否定するこの一節があるだけで、私はその作品が大嫌いになりました。

 

本当に孤独を否定しているのは誰?

今日、岡本太郎の「孤独がきみを強くする」を読んで、そんな自分をまるっと全肯定してもらえた気がしたのです。
自分は間違えてなかった、だれにも認められなくても、ダメなやつのレッテルを貼られても、自分らしく生きているだけで良かったのだと、自分を肯定できたのです。

今まで孤独な自分を一番否定していたのは、自分自身だったのです。

 

かつて、クラスで孤立してしまった10歳の私は思いました。

一人でいる人間は寂しいやつだ。
誰にも愛されない弱い存在だ。
そんな奴には多数のような力はない。
弱い弱い存在だ。だからダメなんだ。
自分は価値のない人間で、力もなく、ダメな存在なんだ。
生きていたくない、消えてしまいたい。


小さな心に刻み込まれた傷は深く、大人になっても消えることなく「思い込み」として無意識を支配していました。

どうして一人でいてはいけないの?
自分はいけない人間ですか?
自分は情けなくて惨めな存在なんですか?
ダメなやつですか?
孤独な人間は誰にも認められませんか?


私はずっと世界に答えを探していたけど、
自分が世界に問う疑問は、魂が自分に問いていることだったんですね。

そして、私はやっと答えを見つけたんです。

一人とか、リア充とかどうでもいい。そんなことより、
創り上げられた社会の空気に自分が抑圧されていることが我慢ならない。

世間に流されている人間をダサいとバカにしているくせに、そんな空気に萎縮している自分はもっとダサくて大嫌い。

その厚い思い込みの層をぶち破ってやりたい。
そう思って、一人で好きなことをして休日をエンジョイしてみたら、色んな答えが世界から返ってきました。

自分がどうして孤独でいるのか、本当はどうしたいのか、本当の孤独の意味。
岡本太郎の本もその一つです。

 私の狭くて暗い世界は、ようやく夜が明けたのかもしれません。

2017年の計画

  • 祈ること
  • 真剣にやること
  • 自分のエネルギーを自覚すること

この三つを大事にしたい。
ここから起こってくる現実には全てOKを出せると思う。 

特に「祈り」は大事にしたい。
今日降りてきたイメージをメモ。

美しい青空が見える洞窟で、クリスタルと共に祈りを捧げる女性。
石はエネルギーを増幅させ、転写させる為の装置。
天に向かって淡い虹色のエネルギーを放つ。

祈りとは、自分の中にある一番美しいエネルギーを放つこと。
集中し、心を落ち着ける時間を大事にしたい。

繊細すぎる人へ(エンパス)

日本人の5人に一人!?繊細すぎる人たちをエンパスと言います。

エンパスというのは共感能力が特に高い人のことです。平たくいうと「空気読めすぎる人」といったところでしょうか。私もそうでございます。
人の気持ちが分かりすぎてしまうので、他人が心に受けたであろうダメージを我が物として感じてしまうのです。その特質によって自分の意見を言えず、元来お人好しの性格から他者に振り回されているエンパス達は多くいます。私もそうでございました。

 

スピリチュアルにハマる人は大体エンパス

私個人の一意見ですが、大体そうだと思います。
だって生き難いんだもの、神や宇宙人にも縋りたくなるんだよ、悪いか。
とはいえ、純粋に神秘的なものや世界観に惹かれるというのも大いにあると思います。私は今でも不思議で怪しいもの大好きですから。
しかし、エンパスという質について延々調べたり、不思議なアイテムや神や天使にすがっても何も解決しないし助けてくれません。それは単なる趣味趣向として楽しんでください。
これは散々スピリチュアルや天使にハマってた私の実体験からの感想ですが、自分が変わらないと何も変わらなかったです。

 

エンパス能力に陥らないようにすべきこと

自分の生き辛さの原因について調べすぎないこと

エンパスの本に始まり、果てはカルマやら天使の生まれ変わりやら、調べて行ったらキリがありません。もしそれらの本を読み漁っているなら、何の解決にもならないので早めに切り上げることをお勧めします。趣味として楽しむなら別ですどね。

相手を傷つけるであろう攻撃的負の感情を認めること

これが一番大事です。「あの人きらい」「嫌いなもんは嫌い」「つーか、ずっと前から大嫌いじゃbokee!」というありのままの感情を認めて、常日頃から嫌いな相手、ムカついてる相手を素直に嫌います。良いところなんて1ミリだって、0.000000000001ミクロンだって見る必要ないです。
「相手の良いところを見ましょう」というスピリチュアルメッセージは邪念です。潔く切り捨て、純粋に美しく嫌ってください。

相手にわざわざ「あなたが嫌い」という必要はありません。「嫌い」という自覚をもつだけで自分の態度が変わります。人間関係に関する全ての判断基準が洗練されます。その結果、相手が変わります。 

他者との境界線をしっかり引く

他人を嫌うことや、攻撃的感情を上手く受け入れられないと、満たされない感情を埋めてもらおうと依存的な恋愛や親子関係にハマりやすくなると思います。「認めてよ〜!!!!!」っていう重いやつです。

これが重症化するとパーソナリティ障害なんていう病名がつけられるようになるのかと思います。自分で自分が分からなくなる、だから他人に承認して欲しい状態。

自分で自分の感情を認めることが出来れば、うにゅうにゅと他人に触手を伸ばす必要もないので、他人に対して随分クールになれるのです。その感覚が他者との境界線というやつではないかなーと私は思っております。

被害者にならない為に自分以外の人を知る

エンパスにとって境界線を引けている人というのは、想像よりずっとずっと冷たい感覚であるとい事実を知ってください。

会社でもなんでも人間関係を上手くこなしている人をよーーく観察してみてください。必要以上に他人に関心を置いていないし、仲間意識や連帯感などに重きを置いていないと気づくはずです。「他人なんて関係ないね」というのを普通の感覚として出来ているのです。社会常識として他人に親切心を見せることはあるけれど、それ以上の感情(役に立ちたい・好かれたい・嫌われたくない)と過度に思っていないんですね。ちょっとはあると思うけどね。

私は、こういう人をバランスのとれたニュートラルな状態といえると思います。
こういう人は人間関係のトラブルに巻き込まれにくいです。興味ないから。

 

エンパスの持っている損な資質

それは、過度に罪悪感が強いということ
持つ必要のない罪を大量に背負っているんですね。理由もないのに笑

「人の気持ちが分かりすぎるから、他人の痛みも自分のせいにして取り入れてしまう。」これこそがエンパス最大の難点ではないでしょうか。

たとえ目の前で、他人が言い争っていてもそれは、言い争っている他人の問題なので、自分の責任ではないのです。あんた関係ないの。

たとえ目の前で、同僚や後輩が上司に怒鳴られていても、自分がそのプロジェクトに関わってないなら関係ないのです。そいつの単なるミス。

いちいち関係ないことで罪を背負いすぎている。むしろ罰して欲しいと思っている笑

同僚が落ち込んでいるなら、缶コーヒーでも奢ってあげたら良いし、その優しい性質で出来ることはいっぱいあります。自分から過度に問題に関わっていくことはやめましょう。

 

まとめ

他人の世界(領域)に過度に入り込まない。

自分の世界(領域)に他人を取り込まない。

気功やら、天使やら、スピリチャルアイテムに頼らなくても、それだけでバリア貼れます。

こんなことを書くと無神論者のようですが、私は天使も宇宙人も東洋医学も信じてますよ。周りに余りにも苦しんでいる人が多くいるので、自分への癒しも兼ねてこの記事を書きました。

 

クリスマスイヴの空には、龍のような大渦の筋が通っていました。年末に向け、空もエネルギーの大掃除しているのかなーと思います⭐︎

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UFOを見よう

今日、寒風吹き荒ぶ中お散歩へ行ってきました。真昼の空をふと見上げると、大きな白月が出ていました。

早朝や夕暮れならいざ知らず、こんな真昼に月って見えるもんなんですね。自分は気付いてないだけで、実は普通に存在しているものって沢山あるだろうなぁーとふと思ったんです。

昔、UFOを見るというオジさんに出会いました。そのおじさん曰く、空を見上げればUFOは普通にいるとのこと。その時は、適当に流し聞きしていたんですが、自分を含め多くの人は気に止めていないから気付いてないだけで、実は普通に存在しててもおかしくないのかも、と思えてきたんです。

 

存在していると分かっていれば、見たいと願えば見えるもんなんでしょうね。飛行機だってそうだし。

私は、地球人以外の知的生命体は当然存在すると思っているので、UFOだってそこらへんにいて当然なのではという仮説を立てました。それだったら絶対見てみたいですよね!

んで、UFOと出会う為には波長を合わせる事がミソなのですが、UFOの波長ってなんでしょうか??? こんな感じ?

もしUFOが見れたら超テンション上がるし、奇跡はあるんだって楽しくなれる!UFOは普通にいるんだから、すでに毎日見てることにしよう!寧ろちゃんと気付いてあげよう!

 

これで波長の調整できたかな?

 

怪しい目標を打ち立てて、ちょっと楽しくなってきました。UFO見るの楽しみ。

 

 

と、書いたら、日清のどんべえのCMでUFOが出てきました。それじゃねぇよ、本物が見たいんだよ!空に浮かんでる謎の物体のやつ!

最近の楽しいこと

今月から街の大通りが派手にライトアップされています。

職場から家まではちょっと遠いのだけど、最近は歩いて帰るのが楽しみになりました。イルミネーションを見ながら歩いているだけで楽しくてワクワクしてくるんです。

もう1つの楽しみは、某ショッピングモールに寄り道すること。ここはちょっとお高めのブランドや生活雑貨を取り扱っていて、セレブな大人向けのモールなんです。

先日、ここでアロマキャンドルを買い込んだので、お風呂で贅沢に灯すのが最近の楽しみ💞

キャンドルの光でふんわり包まれると、我が家のバスルームがここどこ?ってぐらい優雅に変身してリラックス出来ます。

何か、やっと地に足が着いてきたかも。

最近落ち込んでばかりいたから、日常を楽しめるようになってきて嬉しい。

周りに置いていかれるようで、焦っていたけど 少しづつでもこの循環を広げていければ良いかなと思えるようになりました。

 

そして、最近でた迷言中の名言をメモ。

これまでの事全部(恨み憎しみを)許すから、寝かして。

 

最近、過去の出来事に反応して思考と感情が引っ張られた事がありました。でも、相手に分からせたい、思いしらせてやりたいという憎しみよりも、寝たいという欲求が上回った時の一言です。それぐらい極限まで眠かった。

思考のコントロールって極限を体験すると出来るもんだなと思いました。

全てを無視出来る究極の生理的欲求でした笑

まだ眠い。。。

 

こんな事を体験したのは、今に集中するって、過去や思考にに引っ張られないって事だと気付くためです。

美しいイルミネーションを見ていても直ぐに明日の仕事の予定を考えてシュミレーションしている自分がいました。

癒しのバスタイム中も昨日の嫌なことを反芻している自分がいました。 

考え事をして、今を無視して、思考だけがイメージの世界にお散歩にいってしまうんですね。

そうすると幸せな時間にいるはずなのに、意識だけががタイムラインから外れてしまいます。こうやって幸福から離れていくのだなと思いました。

今に集中するって直ぐに飽きるんですよね。だから直ぐにイメージの中で遊んでしまう。しかも殺伐としたイメージ笑

その殺伐としたイメージは、過去の傷ついた感情から起因しています。具体的には各臓器の細胞がその時の痛みをメモリーしています。その痛みを刺激するような出来事が起こると自動的に苦しみのイメージが湧き出るようになっているんです。

でもそれは、今のこの感動を邪魔されることであり、新たな二次被害でもあります。

だから、全部許すことにしたんです。

お風呂でロマンチックな気分に浸る方が大切で、布団に入ったら直ぐ寝る方が大事だと思えたから。今はそれが大事で、それ以外何もいらないから。

貴方が苦手 でも愛されてる

今日は両親と帝国ホテルにランチに行きました。

24階から絶景を見下ろすレストランでの高級鉄板焼きメニュー。ガーリックライス一人前1,400円って何?www
異次元の価格設定を楽しんできました。親の金ですから。

 

そして、私にはあるミッションがありました。
今年のお正月は、家に帰るのが嫌なので一人で過ごそうと思っていたんです。その話はしておかないとなーと思っていたら、母から「蟹いっぱい買ってあるからね、あんた用のイクラもいっぱい買ったからね、帰っておいでね。」と言われました。

いつもは「いつ帰ってくるの?」っていう帰省前提なのに。
「帰っておいでね。」って帰ってこない可能性を含んでいます。
母って超能力でもあるのかな。何故帰る気が無いと分かったのか不思議。

帰りに母が買ってくれた赤いバラの花を見ながら思いました。
私って愛されてるんだな〜って。大事にしたいと思われているんだな〜って。

当たり前に与えられていた愛情が見えてしまって辛い。
そんなものは無い、要らないって世界で長年拗ねていたから、本当はあったことが分かってしまって収まり悪い。

 

その他にも、私が相手から好かれていないと感じて離れた人から連絡があり、その人の日常に自分を想っていてくれた時間があった事を知る羽目になりました。
そんな思いやり、知りたくなかったのに。

私は独りぼっちで孤独に生きていくんだって覚悟したのに、今更なんだよ。

すごくバツが悪くて、今ちょっと胃の辺りが苦しいです。